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微妙に言説が違うのだが。。。

 投稿者:T_NAKA  投稿日:2006年 6月24日(土)13時20分22秒
  別に揚げ足とりをするわけではありませんが、通りすがりさんの書き込み内容は微妙に矛盾していませんか?

[6月14日]
>実際には、現代の天文学・宇宙観測により、地球から遠く離れた銀河が、光速に近い速さで遠ざかっている、といいます。
>それは逆に、向こうの銀河から地球をみても、やはり、地球が光速に遠ざかっているようにみえるはずです。
>そして、向こうの銀河からは、地球上の長さや時間が違うように観測されるはずですが、地球上の我々にとって、物体の長さや時間が縮んだり伸びたりして変わることはおきていません。
>これが、本物のアインシュタインの特殊相対論による結論なのです。

[6月23日]
>特殊相対論=ミンコフスキー時空 = この時空では光速が最高速であっても、
>一般相対論=リーマン時空 = この局所時空としてミンコフスキー時空 = 慣性系
>(たとえば、私たちの銀河)に対して、遠くの慣性系(遠くの銀河)が、光速以上で遠ざ
>かっても、それは特殊相対論とは矛盾しない(なぜなら、慣性系と慣性系との関係は、特
>殊相対論の適用範囲外だから)

6/14 では「特殊相対論による結論」
6/23 では「特殊相対論の適用範囲外」

と言っているように聞こえます。



蛇足ですが、他に気になったのは、

[6月14日]
>リーマン時空における一般座標変換は、アインシュタインの重力場方程式を解いて求められ
>る計量テンソルgijを用いて、
>xi' = xi・gij
>という形で変換されるものです。
>一方、ポアンカレ変換は、ローレンツ変換のテンソルをΛ、4次元時空における定数ベクト
>ルをaとすれば、
>xi' = xi・Λ + a
>となります

これもオカシイと思いませんか?

「一般座標変換」では計量テンソルgijそのものも変換されるはずですよ。
計量テンソルgijにベクトルを掛けても、反変→共変 の変換が起こるだけで、これは本質的な座標変換ではありません。
曲がった空間の局所ミンコフスキー空間を表す場合 gij→ηij とします。
ポアンカレ変換と同列に語るものでないでしょう。

http://teenaka.at.webry.info/

 

通常の「パラドックス」

 投稿者:T_NAKA  投稿日:2006年 6月24日(土)00時49分22秒
  とは、見かけのパラドックスであり、よく考えればパラドックスではないのです。
私はそういう意味でこの言葉を使用しております。

ところで、

>ミンコフスキー時空図の中で、たとえば、地球に静止している観測者の世界線の傾きと、動いているロケットに載っている観測者の世界線の傾きとは違いますから、「双子のパラドックス」にはならない、と思います。

この言説の意味がよく分かりません。

この「ミンコフスキー時空図」とはどの慣性系で描いたものでしょうか?
「双子のパラドックス」を説明では、はじめに地球が静止している系で描くことが普通です。
そうすると、地球の世界線は垂直線になり、ロケットの世界線は「く」の字を逆にした形ですね。
つまり、ロケットは行きと帰りの世界線を繋いだものになります。
言葉を代えて言えば、地球はひとつの慣性系に停止していますが、ロケットはふたつの慣性系を乗り換えているわけです。
この「乗り換え」が地球とロケットの固有時間経過の差となってきます。
けっして、「地球に静止している観測者の世界線の傾きと動いているロケットに載っている観測者の世界線の傾きの違い」が原因ではありません。

http://teenaka.at.webry.info/

 

量子力学と一般相対論における時間 (2)

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月23日(金)23時33分46秒
  >>量子力学や一般相対論・ゲージ理論を持ち出さなくて、私たちの日常でも、ほとんど変化
>>のない環境・状態では、時間の経過を忘れてしまうことがある経験もあるだろう。

物理の話には無関係ですが、人間の社会でも、たとえば江戸時代など、近代以前の時代の
多くの庶民たちは、太陽が昇ってきて周りが明るくなったらおきて、太陽が沈んで暗くなっ
たら寝て、という生活だったようです。
あるいは、腹の減り具合で、「お昼や、おやつになった」という感じなのでしょう。

そう考えると、時間は、人間が太陽や腹などの状態(そういったものが相関関係です)を基
準に作り出した概念でしかないのでは、と私は思います。

空間も、この地球上の人間は、上下左右といった空間感覚を感じるから考えたものでしょう


たとえば、人間が無重力の宇宙空間に放り出されたら、空間・時間を感じるのだろうか?
 

量子力学と一般相対論における時間

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月23日(金)23時22分47秒
  佐藤文隆氏の著書「量子宇宙をのぞく」(ブルーバックス・B865)からの要約です。

まず、量子力学における時間。
「量子力学では、場所や運動量、エネルギーなどは演算子(オペレータ)として登場する
が、時間は、あくまでも助変数(パラメータ)であり、いくらでも精度良く決めることが
できるとされる。それにより、量子の定義やエネルギーの定義ができ、いろいろな概念が
ひとまとりに成立するのである」(量子力学における時間は、宇宙にとっての、単なる
部品でしかない)。

一方、一般相対論では、
「時間や空間の座標をデタラメに変えても良いとされる。すると、真空なのか、物質が
存在するのかの問題にしても、答えはすべて空間や時間の座標系のとり方によって変わっ
てくる。だから、物やエネルギーがあるかどうかは、まったくはかない概念なのである
。」(一般相対論やゲージ理論では、物理法則が空間や時間の座標系のとり方に依存し
ないことが、要請される)

そして、一般相対論と量子力学を統合した量子重力理論(たとえば、アインシュタインの
重力場方程式を量子化した、ホイーラー・ドイットの波動関数)においては、「時間は消
えて存在しなくなる」のである。

つまり、量子状態(=プランク・スケール=10の−35乗メートル位)だった初期の宇宙
では、時間は「存在していない」。時間は、宇宙が、ある程度大きくなって古典的に扱える
ようになった状態で、変化が起こるようになってから生じたものである。

もっといえば、時間は人間が「相関関係」によって作り出した概念にすぎない、ということ
なのです(たとえば、牛時計、腹時計など)。

量子力学や一般相対論・ゲージ理論を持ち出さなくて、私たちの日常でも、ほとんど変化の
ない環境・状態では、時間の経過を忘れてしまうことがある経験もあるだろう。
 

>>「双子のパラドックス」はナンセンスとは思いません。(訂正)

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月23日(金)22時59分57秒
  >>ミンコフスキー時空を使えば

ー> ミンコフスキー時空図 を使えば

ミンコフスキー時空図の中で、たとえば、地球に静止している観測者の世界線の傾きと、
動いているロケットに載っている観測者の世界線の傾きとは違いますから、「双子のパ
ラドックス」にはならない、と思います。
 

>>「双子のパラドックス」はナンセンスとは思いません。

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月23日(金)22時53分56秒
  >>6月19日 の通りすがりさんの書き込みに『「双子のパラドックス」はナンセンスです。』との発言がありました。

表現が悪かったせいもありますが、ミンコフスキー時空を使えば、「双子のパラドックス」
は、パラドックスとは思えない、ということです。
それは、「相対論の正しい間違え方」のほか、「アインシュタインとファイマンの理論を
学ぶ本」(竹内薫・著)などにも解説されている話ですよね?
 

Re:議論が進展しているようですが

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月23日(金)22時37分35秒
  >>宇宙論は一般相対論の応用であり、ロバートソン・ウォーカー計量を使います。特殊相対論から直接出てくるものではありません。

まず、一般相対論は重力の理論です。
宇宙論でなくても、最近はGPSなど、一般相対論の応用はあります。
また、宇宙論でも重力の話が出てこない話では、一般相対論は必ずしも必要でありません。
私が持ち出した例は、「微分形式による特殊相対論」(菅野礼司著・丸善出版)にあったも
のです。

>>たとえば、銀河の後退速度は特殊相対論では光速cを超えないはずですが、今の宇宙論で>>は遠方の銀河の後退速度は光速を超えていると考えられています。

超光速で動いているものは、光も電磁波も追いつかないので、私たちからは観測できませ
ん。

まず、

特殊相対論=ミンコフスキー時空 = この時空では光速が最高速であっても、
一般相対論=リーマン時空 = この局所時空としてミンコフスキー時空 = 慣性系
(たとえば、私たちの銀河)に対して、遠くの慣性系(遠くの銀河)が、光速以上で遠ざ
かっても、それは特殊相対論とは矛盾しない(なぜなら、慣性系と慣性系との関係は、特
殊相対論の適用範囲外だから)

ということです。

次にハッブルの法則。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%83%E3%83%96%E3%83%AB%E5%AE%9A%E6%95%B0

距離r(単位は、1メガパーセク=100万パーセク=326万光年)にある銀河が後退
する速さvは、

v = H0・r

で求められます。
ただし、H0は、ハッブル定数で、NASAの人工衛星WMAPの観測により、71±4(=68〜75)
km/secということです。

したがって、この銀河の後退速度が、光速c(= 299,793 km/sec)以上になるには、

c >= H0・r

から、

r >= c/H0 = 3997 〜 4408 メガ・パーセク = 130 〜 143 億光年

となります。

現在、人工衛星WMAPをはじめ天体観測から、約137億光年以上の天体は、今後、観測技術が、いかに発達しても観測できない、とされていますので、この約137億光年以上の距離
の銀河・天体は、「超光速」の後退速度のようです。

しかし、約137億光年以内の銀河・天体の後退速度は、光速以下であり、そのため、地球
から観測可能です。
 

私のブログを紹介していただいたとのこと

 投稿者:T_NAKA  投稿日:2006年 6月23日(金)01時13分29秒
  ありがとうございました。
実は、先日紹介させていただきました木下先生のWeb
http://homepage2.nifty.com/AXION/contents/relativity/003.html
にあるBBSでの議論に参加しておりまして、この手の話題を考えておりました。
そのため、つい書き込んでしまった次第です。

http://teenaka.at.webry.info/

 

議論が進展しているようですが

 投稿者:karaokegurui  投稿日:2006年 6月22日(木)23時00分38秒
  まずT_NAKAさん、的確なフォローありがとうございますm(_ _)m
私の言いたいことを私よりうまく表現していただきました。
そのお礼というわけではないのですが、T_NAKAさんのブログを私がトピ主をしているYahoo!のトピで紹介させていただきました。
http://post.messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835547&tid=bbfe4va4ka4da4a4a4f&sid=1835547&mid=964&n=1

次に、通りすがりさんへ。
>>実際には、現代の天文学・宇宙観測により、地球から遠く離れた銀河が、光速に近い速さで
遠ざかっている、といいます。・・・
これが、本物のアインシュタインの特殊相対論による結論なのです。

この文章に対し
>最後の行ですが、宇宙論は特殊相対論ではなく一般相対論の応用ですので、特殊相対論の例示としては不適切です。
というレスを付けたのですが、ご理解いただけてないようです。
宇宙論は一般相対論の応用であり、ロバートソン・ウォーカー計量を使います。特殊相対論から直接出てくるものではありません。
たとえば、銀河の後退速度は特殊相対論では光速cを超えないはずですが、今の宇宙論では遠方の銀河の後退速度は光速を超えていると考えられています。
また、宇宙論的赤方偏移は特殊相対論的ドップラー効果とはメカニズムが違います。
詳しくは次のpdfをご覧下さい。
http://arxiv.org/PS_cache/astro-ph/pdf/0310/0310808.pdf
 

すいません、訂正です。

 投稿者:T_NAKA  投稿日:2006年 6月22日(木)20時58分50秒
  >「I. KINEMATICAL PART」 の 「§ 3. Theory of the Transformation of Co-ordinates and Times from a Stationary System to another System in Uniform Motion of Translation Relatively to the Former」の最後の4行をご確認下さい。

というのは誤りでした。正しくは、

>「I. KINEMATICAL PART」 の 「§ 4. Physical Meaning of the Equations Obtained in Respect to Moving Rigid Bodies and Moving Clocks」の最後の4行をご確認下さい。

です。

http://teenaka.at.webry.info/

 

「双子のパラドックス」はナンセンスとは思いません。

 投稿者:T_NAKA  投稿日:2006年 6月22日(木)20時50分55秒
  6月19日 の通りすがりさんの書き込みに『「双子のパラドックス」はナンセンスです。』との発言がありました。
独自のお考えを持ちなり、それを表明されても、他人に迷惑が掛からない限り自由だと思います。
よって、私の書き込みはこれに反論するものではないことを了承願います。

ただ私はナンセンスだとは思わないことを表明するだけです。
(論争を繰り広げようというわけではないことをご考慮願います。)

アインシュタインは歴史的論文「動いている物体の電気力学」の中で、「1ヵ所に留まっている時計に比べ、任意の閉鎖空間をぐるっと1周して戻ってくる時計の方が遅れる」ということが述べられています。

英語ですが、この論文を下のWebで読むことができます。
http://www.fourmilab.ch/etexts/einstein/specrel/www/

「I. KINEMATICAL PART」 の 「§ 3. Theory of the Transformation of Co-ordinates and Times from a Stationary System to another System in Uniform Motion of Translation Relatively to the Former」の最後の4行をご確認下さい。

なお、ジャンボ機にセシウム原子時計を乗せて飛ばして、地上に戻ってから、遅れぐあいを測定したヘイフリーとキーティングの実験は、「双子のパラドックス」の結果を実証したことで有名ですね。
この実験結果が捏造であるとの論文を、アイルランドのA.G.ケリーが発表したとのことです。
もし、この論文が正しく実験結果が捏造であるとしても、「双子のパラドックス」の結果を反証したことにはなりません。

また、メンデル=サックスと原田稔氏はやはり『「双子のパラドックス」はナンセンス』と表明されています。
これについては、私のブログで反論しておきました。
  ” 「相対性理論の矛盾を解く」の矛盾をつつく ”と入力して検索して頂ければ引っ掛かると思います。

http://teenaka.at.webry.info/

 

Re:捩れた宇宙

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月21日(水)23時51分57秒
  >>そう考えると、自然界では集合論的には個別の「元」より元同士の「演算」の方が先行し
>>ている感じですね。

物理の世界では、「元」は質量や電荷をもった物質、「演算」は電磁力、弱い力、強い力、
重力といった相互作用に対応しますね。

ニュートンやクーロンらの力学的考えは、「元」を主体とした考え、相対論やゲージ理論
などの場の考えは「演算」を主体とした考え、といえるでしょうか?

そして、ニュートンは力学的考えを樹立した代表的存在、アインシュタインは場の考えを樹
立した代表的存在、ということができるでしょう。
また、ファラデーやマクスウェルなどは、両者の転換期の存在、といえるのでしょう。

また、ニュートンの力学的考えが、19世紀前半のアンペールの法則で限界が見えたように
(アンペールの法則では、電流によって磁場が発生しますが、磁石の存在だけでは電流は発
生しません。これによって、電磁現象では、ニュートンの第3法則=作用・反作用の法則が
成立しないことが明らかになりました)、ゲージ場や重力場の量子論では、場の考えの限界
が見えてきているのかも知れません(それに変わるのは、ホログラフィック・モデルか?)。

さて、相互作用を「演算」として捉えると、ゲージ力(電磁力、弱い力、強い力)と、
重力とは、その対象(オブジェクト)という面で違いがあるのがわかります。
ゲージ力の対象は、クライン・ゴードンやディラックの波動方程式を満たす複素スカラー
(π中間子など)やスピノル(レプトンやクォーク)ですが、重力の対象はリーマン時空
となります。

>>人間は「神」を人間のような存在として擬人化して見てしまいがちなように、「影の宇宙」と言われると実際に私たちが住んでいる具体的な、可視的な宇宙と勝手に思ってしまいがちですが、もっと高度に数学的な世界なんですよね。

神とは、我々の宇宙および影の宇宙を含めた、この世界全体なのでは、と思います。
そして、自然や宇宙の全体を真に記述する言語は、この世には存在しない、と思います。
ただ、数学がそれに近い言葉ではあると思います。
さらに、空間や時間も、実際には存在しない、と思います。
ただ、この宇宙の現象によって、空間や時間が存在しているかのように、人間が感じている
だけ、と思います。

また、ガリレオやニュートン以前の「自然哲学」時代には、その記述言語はラテン語や英語
などの自然言語でしたが、ニュートン以降の近代科学では数学が記述言語になりました。

ニュートンの力学法則は、相対論や量子論で書き換えられ、さらにそれらも、超ひも理論な
どで書き換えられようとしてます。
しかし、法則や理論を数学という言葉で記述し、それを実験や観測によって得られた事実に
よって検証するというニュートンによって確立された近代科学の手法は、いまだに変更され
ていない、といえるでしょう。

そして、科学が進むにつれ、その数学という言葉が複雑になってきているのは、やはり、
本当の自然・宇宙は、この世の私たちの言葉では理解するのが難しい、ということなのでし
ょう。
 

加速過程は単純にローレンツ変換で語れない

 投稿者:T_NAKA  投稿日:2006年 6月21日(水)12時31分1秒
  長さのある物体が長手方向に加速している場合は、その加速過程で単純にローレンツ収縮を議論するのは危険です。

ご存知のように、相対論では剛体はありえないことになっています。
剛体の定義は
『外力が加わっても、形や大きさがまったく変わらない物体をいう。いいかえれば物体を構成する任意の2質点間の距離がつねに一定に保たれるのが剛体である。これは現実に存在する物体から弾性などの属性を取り去ったもので、力学の問題を扱うために導入された理想的なものである。物体は剛体とみなしてよいかどうかは、どのような現象を問題にしているかによって決まる。質点とともに力学の重要な概念である。』=「三省堂_物理小事典_第3版」
ですが、これによると、剛体の一点を加速すれば、剛体内の各点が瞬時に同じ加速をすることになります。
これは「一点を加速した」という情報が時間を置かずに各点に伝達されることになり、「情報の上限伝達速度が光速である」との相対論の要請を満足しません。

実態は、弾性体であるため、力(加速)は弾性波となって、ある伝達速度で物体内を伝わります。
したがって、光速近くまで達するような急激な加速では、その物体が壊れてしまうことも考えられます。
そこに至らないまでも、加速中は加速による変形と物体の内部応力のせめぎ合いで、静止状態のときの物体の固有長を保っていないと考えられます。
(その他に加速系では、見かけの重力のため、計量がミンコフスキー空間とは異なりますので、その影響も考えられます。)

但し、固有長を保った加速というのも理屈の上では考えられます。
電車のモデルで考えると、「ケース2」の場合において連結器に力が加わらないように、後ろの電車の加速を(前の電車に比べ)強めてやることになります。

物体を長手方向に細分化して、後方になるほど加速を(ある条件で)強めてやれば、どの時点でも静止系からの相対速度に見合ったローレンツ収縮をしているようにすることはできます。
いわゆる「ボルンの剛体」です。

しかし、こんなことは実際上困難ですね。よって、加速過程では物体内部に力が加わり実際の変形が存在します。

加速過程が終了し、等速状態になると、物体の内部応力がゼロとなり固有長を取り戻します。
この時点では単純にローレンツ変換を適用でき、それは単なる座標変換となります。

蛇足:

>魚眼レンズで風景をみると歪んで、電車と電車の隙間は開いてみえますね?

という認識は変ですね。「電車と電車の隙間は開いてる」という事実はどんな観測系で見ても同じです。

http://teenaka.at.webry.info/

 

Re:捩れた宇宙 (2)

 投稿者:プチスピノル  投稿日:2006年 6月21日(水)11時12分52秒
  > プチスピノルさんの考えでは、「実数」=綺麗、「複素数」(あるいは「四元数」)=捩れている、というイメージでしょうか?

なぜそう考えてしまうかと言うと、実数というのは1つの単位(実数単位1)でできている数ですが、複素数は2つの単位(実数単位1と虚数単位i)からできていて、(純)虚数は2乗すると実数になってしまう性質を持っているからです。つまり、実数に実数を掛けても実数に戻ってきますが、(純)虚数は(純)虚数を掛ける度に、実数と(純)虚数を往復する数だからです。これを一種の構造的な捩れのように感じてしまうのです。ある意味、複素数はこうした捩れをその代数的な構造の中に含んでいて、そのように、最初から捩れを含んだ構造こそ、自然界では「綺麗な構造」と呼ぶべきものということなのでしょうか。

> でも、物理では、相対論やゲージ理論で少し複素数が現れて、量子力学や量子論では本質的なものになりますね?

確かに、自然界では実数より複素数の方がより基本的な数のようですね。複素数の構造はある意味「回転」と関係していて、複素数の実数単位を「単位行列」に、虚数単位を「パウリ行列の第2行列に虚数単位を掛けた行列」に基底変換すると、これは2次実回転行列になりますよね(ただし、もとの複素数の絶対値を1にして)。宇宙の基本が「回転」にあるのなら、やはり「捩れ」(反対称行列やシンプレクティック群などの仕組みへとつながるイメージ)こそ基本的な考え方になるのでしょうか。

> 普通の量子論と超ひも理論との掛け渡しとなる「超対称性理論」では、グラスマン数といって、2乗するとゼロになり、反交換関係(A・B = -B・A)を満たす数が主役だそうです。これは、もちろん、普通の実数や複素数でなく行列なのですが、これは「捩れた存在」ですか?

「捩れた存在」でしょうね。交換子積や反交換子積は、すでに「数」(正確には本来の数ではないので、代数的構造と呼ぶべきでしょうか)といった「単独的な存在」を超えてむしろ「関係性」というか「演算」側に寄っていると思います。「捩れた存在」という言葉が不適切なのかもしれませんが、自然界では、この「捩れた存在」=「関係性」こそ、まず先にあって、その計算結果のような想像として、実数の物理量のような「一見綺麗に見える存在」があるということなのでしょうか。そう考えると、自然界では集合論的には個別の「元」より元同士の「演算」の方が先行している感じですね。

> 相対論的量子論や超ひも理論などでは、この宇宙と別の宇宙の存在を考えた方がわかりやすいと思います。デビッド・ボームの二重構造宇宙とか、広瀬立成氏の著書にある「影の宇宙」(ブルーバッ
クス786)といったものですね?物理における複素数などは、そういった世界の存在を暗示しているといえないかな?

人間は「神」を人間のような存在として擬人化して見てしまいがちなように、「影の宇宙」と言われると実際に私たちが住んでいる具体的な、可視的な宇宙と勝手に思ってしまいがちですが、もっと高度に数学的な世界なんですよね。

マクスウェル方程式は実に美しい方程式ですが、∇・Eは0でないのに、∇・B=0となるのは腑に落ちないところです。(実験結果からそうだと言うのはわかるのですが、数学的バランスから見ると美しくないですよね。まあ、それでモノポールを探す人がいるのでしょうが…。)
 

Re:捩れた宇宙

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月20日(火)23時36分53秒
  >>なぜ、物理学者は、自然界(宇宙)を説明するのに、「綺麗な構造」ではなく「捩れた構>>造」を用いるのでしょうか。ここで、私が「綺麗な構造」と呼んでいるのは、例えば、な
>>ぜ実数部しかない代数構造のようなもので説明できないのかということです。

プチスピノルさんの考えでは、
「実数」=綺麗、「複素数」(あるいは「四元数」)=捩れている、というイメージでしょ
うか?

でも、物理では、相対論やゲージ理論で少し複素数が現れて、量子力学や量子論では本質
的なものになりますね?

普通の量子論と超ひも理論との掛け渡しとなる「超対称性理論」では、グラスマン数とい
って、2乗するとゼロになり、反交換関係(A・B = -B・A)を満たす数が主役だそうです。
これは、もちろん、普通の実数や複素数でなく行列なのですが、これは「捩れた存在」で
すか?

>>「捩れた構造」は「ハミルトンの正準関係」にも登場しますし、これは自然界(宇宙)の>>本質的な仕組みなのでしょうか。

相対論的量子論や超ひも理論などでは、この宇宙と別の宇宙の存在を考えた方がわかりやす
いと思います。
デビッド・ボームの二重構造宇宙とか、広瀬立成氏の著書にある「影の宇宙」(ブルーバッ
クス786)といったものですね?
物理における複素数などは、そういった世界の存在を暗示しているといえないかな?
 

Re:通俗書と馬鹿にしたものじゃないでしょ

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月20日(火)23時21分21秒
  >>改めて「karaokeguruiさんの問い 」を見てみると、
>>---------------------------------------------------------------------------
>>ケース1:2台の電車が連結されずに、しかし前後を接してレール上にあるとします。
>>レール系からみて同時に加速を開始して光速に近い速度に達したとします。
>>2台はそれぞれローレンツ収縮しますから、その間には隙間が開きます。
>>ケース2:2台の電車が連結してレール上にあるとします。
>>加速して光速に近い速度に達したとしても、連結されているので隙間は開きません。
>>(2台でなくて長さが2倍の電車でも同じです。)
>>
>>ローレンツ収縮においていかなる力が働いていないなら、ケース1と2の違いはなぜ生じ>>るとお考えでしょうか?(これは私のオリジナルではなく、ある有名な本に載っている例>>です。)
>>---------------------------------------------------------------------------
>>は「ケース1」「ケース2」のどちらが正しいと言っているわけではないでしょう。
>>どちらも正しいのです。
>>ただレール系からみて同時に(同じ加速プロフィールで)加速を開始し(レール系からみ>>て同時に)等速運動に移った場合、
>>「ケース1」では電車間に隙間が開きますが、
>>「ケース2」では加速中に連結器に力が加わっているということです。

ケース1の文章を良く見たら、「連結されていない」電車だったのですね?

「ローレンツ収縮」による風景は、魚眼レンズで見たようなものかな?
魚眼レンズで風景をみると歪んで、電車と電車の隙間は開いてみえますね?
でも、見ている物体そのものが歪んだり、伸縮しているわけではありませんね?
 

通俗書と馬鹿にしたものじゃないでしょう

 投稿者:T_NAKA  投稿日:2006年 6月20日(火)13時02分50秒
  karaokeguruiさんのおっしゃる「ある有名な本」とは「相対論の正しい間違え方」
http://pub.maruzen.co.jp/book_magazine/book_data/search/4621048929.html
でしょうね。

さて、通りすがりさんのおっしゃることは 基本的に正しいと思います。
しかし、加速過程では考慮が必要ですね。
これは、特殊相対論で加速度運動が扱えないといっているわけではありません。
例として等加速度運動を特殊相対論で解析した場合、こうなります。
http://en.wikipedia.org/wiki/Hyperbolic_motion_%28relativity%29

改めて「karaokeguruiさんの問い 」を見てみると、
---------------------------------------------------------------------------
ケース1:2台の電車が連結されずに、しかし前後を接してレール上にあるとします。
レール系からみて同時に加速を開始して光速に近い速度に達したとします。
2台はそれぞれローレンツ収縮しますから、その間には隙間が開きます。
ケース2:2台の電車が連結してレール上にあるとします。
加速して光速に近い速度に達したとしても、連結されているので隙間は開きません。
(2台でなくて長さが2倍の電車でも同じです。)

ローレンツ収縮においていかなる力が働いていないなら、ケース1と2の違いはなぜ生じるとお考えでしょうか?(これは私のオリジナルではなく、ある有名な本に載っている例です。)
---------------------------------------------------------------------------
は「ケース1」「ケース2」のどちらが正しいと言っているわけではないでしょう。
どちらも正しいのです。

ただレール系からみて同時に(同じ加速プロフィールで)加速を開始し(レール系からみて同時に)等速運動に移った場合、
「ケース1」では電車間に隙間が開きますが、
「ケース2」では加速中に連結器に力が加わっているということです。

これは、基本的に「相対論的剛体は存在するか?」ということになります。
特殊相対論が発表されてからまもなく、マックス・ボルンが提唱した所謂「ボルンの剛体」からこの論争が発生しております。
結果「相対論的では剛体は存在しない」という結論だそうです。

また、この手の論争は形を変えてたびたび発生するようです。
古くはアメリカのSF誌「アナログ」(1964年8月号)に掲載された「伸びる宇宙船のパラドックス」が有名です。
また、CERNにおいても「2台のロケットを繋ぐロープが切れるか?」という論争があり、あのJ.S.Bellが「ロープは切れる」と結論したそうです。

最近では、パリティ誌上での松田−伊藤論争でしょう。(2台の宇宙船のパラドックス)
伊藤教授(当時、近畿大)は「ケース1」の場合に、「隙間が発生しない」と主張しています。
多分、伊藤教授は勘違いしておられるようですね。

私が説明しても良いのですが、いらぬ論争をしたくもありませんので、前掲の「相対論の正しい間違え方」の共著者のお一人、木下先生のWebを紹介させていただきます。

「2台のロケットのパラドックス」
http://homepage2.nifty.com/AXION/contents/relativity/003.html

http://teenaka.at.webry.info/

 

捩れた宇宙

 投稿者:プチスピノル  投稿日:2006年 6月20日(火)11時50分47秒
  通りすがりさん、ちょっとうまく言えるかどうかわかりませんが、質問させてください。

なぜ、物理学者は、自然界(宇宙)を説明するのに、「綺麗な構造」ではなく「捩れた構造」を用いるのでしょうか。ここで、私が「綺麗な構造」と呼んでいるのは、例えば、なぜ実数部しかない代数構造のようなもので説明できないのかということです。

複素数自体、実数部と虚数部があって、虚数部は2乗すると実数部に含まれることになるというように、ある意味「捩れた構造」を持っているように思います。四元数も同様です。四元数(ハミルトン数)の積の実数部分はローレンツ計量の双1次形式となることからもわかるように、四元数体は4次元回転群SO(4)よりも、ローレンツ群(擬回転群および擬ユニタリー群)と関係が深いと思います。実回転群というのはある意味「綺麗な構造」だと思うのですが、ローレンツ群はある意味「捩れた構造」を持っていますよね。(計量が正定値か不定値かという点でもそうだと思います。)

「捩れた構造」は「ハミルトンの正準関係」にも登場しますし、これは自然界(宇宙)の本質的な仕組みなのでしょうか。
 

「HPの修正」の修正

 投稿者:Stromdorf(管理人)  投稿日:2006年 6月20日(火)00時55分39秒
編集済
  「数学の基礎」の付録8の締めの文章が文章としてこなれていないので、次のように少し書き直してみました:
------------------------------------------------------------------
 さて、本節の最後に紹介した「古典論理に対する整合的な2値モデルの存在定理」とその系である「Gödelの完全性定理」は、メタ言語での推論に排中律を使う必要があるだけでなく、その証明もかなり“人工的”です。
 しかも、古典論理の代数的な特徴付けはBoole代数であるというところにあるにもかかわらず、その特別な例に過ぎない2値モデルにこだわるべき論理的必然性も特にあるようには思われません。

 歴史的には、「真か偽かが定まっているものを命題という」というのが“命題”という概念の素朴な“定義”でした。そして、論理記号についても、構文論によってではなく、真偽表によってその真偽値を定義し、その後で「恒真な命題の全体が証明可能な命題の全体に一致する」ように構文論的な概念である推論規則が定められていきました。しかも構文論についても、最初からGentzenの推論体系が“発見”されていたわけではなく、付録4で解説したような、純形式上の“根拠”もはっきりしないHilbertの推論体系のような形でしか与えられていなかったのです。
 このようないきさつを考えると、「Hilbertの体系で証明可能な命題の全体は恒真な命題の全体に一致する」ことを主張する「Gödelの完全性定理」が、Hilbertの推論体系の「妥当性」を保証する重要なメタ定理だと思われてきたのは、ある程度止むをえないことであったと思われます。
 しかしながら、その後Gentzenによる推論体系が登場すると、論理式の真の“意味”は、むしろ構文論の方で定められているという見方の方が自然であり(本稿付録1参照)、これを敢えて「意味論」によって「正当化」する意義は失われたと言えるでしょう。

 また、「真か偽かが定まっているものを命題という」という“命題”の素朴な“定義”は、モデルの言葉を用いると「2値モデル」を考えるということに他ならないわけですが、このことは、「推論規則や公理系をうまく定めれば、閉命題はすべて決定可能になるだろう」という期待に繋がります。
 ところが、この期待は「Gödelの不完全性定理」によって見事に打ち砕かれてしまいました。Gödelの不完全性定理によれば、たとえ古典論理で考えた場合でも、自然数論より強い理論であれば、本節で構成した完全モデル B0 において、閉命題の値が 0 と 1 の間に無限個の値を取ることが明らかになってしまったのです。
 この事実は、「2値モデル」にこだわる、言い換えると「命題は真又は偽のいずれかの値を取る」と“信じる”ことが、少なくとも構文論的には何ら根拠を持たないことを意味しており、これは「2値モデル」に特別の意味を与える「Gödelの完全性定理」の「論理学の基礎付け」としての意義が実質的に失われたことを意味します。むしろこのメタ定理は、超準解析の数学的根拠付けに用いられるなど、数学内部における定理としての重要性の方が注目すべきであると思われます。

http://home.p07.itscom.net/strmdrf/basic_a8.htm

 

補足

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月20日(火)00時53分36秒
  >>現代的には、特殊相対論は、電磁場、弱い力の場、強い力の場といったゲージ場の理論の
基礎理論ということになっています(さらに、レプトンやクォークといった物質粒子を正し
く扱うにも、特殊相対論と量子力学が基礎理論です)。
>>一方、一般相対論は重力場の基礎理論です(特殊相対論では、本格的に重力を扱うことが
できません)。

これは、あくまでも現時点での話しです。
量子重力理論や超ひも理論などが完成した暁には、特殊相対論、一般相対論、量子力学は、
基礎理論ではなくなります。
20世紀初め、相対論や量子力学ができて、ニュートン力学やマクスウェル電磁気学が基礎
理論でなくなったように。。。

また、19世紀後半、マクスウェル電磁気学や熱力学などが発達し、ニュートン力学に、
その「ほころび」が出て、相対論や量子力学が誕生しました。

現代では、電磁場・弱い力の場・強い力の場の統合理論である「大統一理論」ができつつ
あり、それによって、その理論が成り立つ超ミクロ&超高エネルギー領域では、古典的な
重力理論である一般相対論の「ほころび」が見えてきています。

ただし、そのような領域では従来の量子力学・量子論も役にたたない可能性があります
(量子力学・量子論では、素粒子を「点」と考えているが、超ミクロ&超高エネルギーの
領域では、その考えが通用しないで「発散」してしまうらしい)。

すべてのまともな物理理論は、客観的には、あくまでも「数学的モデル」であり、どこまで
正しいかの検証を行う必要もありますし、その「正しい」という領域(適用範囲)は「有
限」です。

しかし、正しいか誤りかの前に、その「数学的モデル」を正しく理解する必要があります。
 

通俗書は

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月20日(火)00時27分30秒
  >>ローレンツ収縮においていかなる力が働いていないなら、ケース1と2の違いはなぜ生じ
>>るとお考えでしょうか?(これは私のオリジナルではなく、ある有名な本に載っている例
>>です。)

通俗書の解説が正しいという保証はありません。

先にあげた、ローレンツ変換の式から、2台の電車の間に隙間が開く、という話が出てく
るでしょうか?

まともな特殊相対論は、何度もいっているように、ファラデーやマクスウェルらによって
築かれた電磁気学を出発点にしているものです。アインシュタイン自身、それを出発点と
して、実験的にはフィゾーニの光行差の実験を参考にしていたようです(だから、マイケ
ルソン・モーリーを出発点にした話は、そうした出発点のレベルで、全くのナンセンス、
と考えてよいのです)。

特殊相対論=等速運動の理論、一般相対論=加速度運動の理論、というのも間違いです。
特殊相対論は、ニュートン力学をマクスウェル電磁気学に合わせて修正・拡張したもので
す。
ニュートン力学では加速度運動を扱えます。
それを修正・拡張した特殊相対論でも加速度運動も扱えます。
「慣性系」というのは「慣性の法則」が成り立つ座標系です。
ニュートン力学も特殊相対論も、厳密には「慣性系」で成り立ちますが、加速度運動も、
無数かつ無限小の「慣性系」を考えることで扱えます(そこで必要になるのが、微分積分
という数学です)。

現代的には、特殊相対論は、電磁場、弱い力の場、強い力の場といったゲージ場の理論の
基礎理論ということになっています(さらに、レプトンやクォークといった物質粒子を正し
く扱うにも、特殊相対論と量子力学が基礎理論です)。
一方、一般相対論は重力場の基礎理論です(特殊相対論では、本格的に重力を扱うことがで
きません)。
 

訂正

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月19日(月)23時35分23秒
  >>x' =  x・cos(θ) - y・sin(θ)
>>y' =  x・sin(θ) + x・cos(θ)

->

x' =  x・cos(θ) - y・sin(θ)
y' =  x・sin(θ) + y・cos(θ)

>>こうした考えは、ポアンカレやフィッツジェラルドらにはなく

-> こうした考えは、ローレンツやフィッツジェラルドらにはなく
 

Re:>運動の相対性とローレンツ収縮 (3)

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月19日(月)23時26分6秒
  >>しかし、4次元時空全体における大きさd4は、
>>d4^2 = (ct)^2 - x^2 ( - y^2 - z^2 ) = 一定
>>なのです。
>>しかし、3次元空間における物体の長さが一定であるように、4次元時空における物体の
>>長さも一定なのです。
>>だから、実際に「ローレンツ収縮」は起きない、というわけです。

こうした考えは、ポアンカレやフィッツジェラルドらにはなく、アインシュタインの特殊
相対論にて初めて出てきた考えです。

だから、繰り返しますが、本物のアインシュタインの特殊相対論では、ローレンツ変換は、
4次元時空における一種の「回転」であり、他の観測者から「長さが縮んだり」、「時間が
伸びたり」して観測されますが、当の本人にとっては、あくまでも1mは1mであるし、
1秒は1秒であり、「ローレンツ収縮」は起きない、というのが正しいです。
 

三角関数と双曲線関数

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月19日(月)23時19分4秒
  >>x'    = x・cosh(φ) - (ct)・sinh(φ)
>>y'    = y
>>z'    = z
>>(ct)' =  -x・sinh(φ) + (ct)・cosh(φ)

高校数学の復習を行うと。。。

双曲線関数cosh(φ)、sinh(φ)と、三角関数cos(φ)、sin(φ)とは、
虚数単位iとして、

cosh(φ) = cos(i・φ)
sinh(φ) = -i・sin(i・φ)

の関係です。

また、指数関数exp(φ)との関係は、

exp(φ) = cosh(φ) + sinh(φ)
exp(i・φ) = cos(φ) + i・sin(φ)

です。

これから、ローレンツ変換(あるいは、それに平行移動を加えたポアンカレ変換)は、
複素数exp(i・φ)を使って、表すこともできます。
それは、ゲージ理論における大局ゲージ変換です。
 

Re:>運動の相対性とローレンツ収縮 (2)

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月19日(月)22時38分30秒
  >>ローレンツ収縮においていかなる力が働いていないなら、ケース1と2の違いはなぜ生じ
>>るとお考えでしょうか?(これは私のオリジナルではなく、ある有名な本に載っている例>>です。)

実際、ローレンツらは、「ローレンツ収縮」が起こる原因として、エーテルからの力が加わ
っておきるもの、と思っていました。

しかし、それはニュートン以来の力学的考えに縛られれた古い考えです。

まず、私たちの3次元空間で(3次元)物体をx-y平面に対してz軸方向に角度θで「回転」
させます。
すると、x-yの2次元平面に投影される「影」は、三角関数cos(θ),sin(θ)を使って、

x' =  x・cos(θ) - y・sin(θ)
y' =  x・sin(θ) + x・cos(θ)

となります。
仮に、x-y平面上に棲む2次元生物が存在したら、「3次元物体」の長さは、この変換式に
したがって、「伸縮している」ようにみえるでしょう。

しかし、「3次元空間」における長さは、
d^2 = x^2 + y^2 + z^2 = 一定
なのです。

さて、ローレンツ変換は4次元時空における「回転(変換)」です。
4次元時空というのは、3次元空間と時間とをセットにした考えです。

なぜ、4次元時空の考えが出てきたかというと、マクスウェルの電磁場方程式において、
時間的に動的な電磁場現象を考えるとき、3次元空間と時間を対等にして、セットに考え
る必要が出てきたからです(一方、ニュートンの力学法則では、空間x,y,zは、時間tをパ
ラメータとして決まる関数)。

マクスウェルの電磁場方程式が、あらゆる慣性系に対して形を変えない、ということを要
請すると「光速は、あらゆる慣性系に対して一定」ということが出てきます(それがウソ
であれば、動いている電車や自動車の中で携帯のラジオ/テレビや携帯電話が正常に利用で
きないでしょう)。

それで、時間tに光速cを掛け、空間xと同じ長さの単位で表せるようにします。

すると、ローレンツ変換は、まず、

x' = (x - (v/c)・ct)/√( 1 - (v/c)^2 )
y' = y
z' = z
(ct)' = ( -(v/c)・x + ct )/√( 1 - (v/c)^2 )

となり、ここで、双曲線関数sinh(φ), cosh(φ)を

sinh(φ) = (exp(φ) - exp(φ)) / 2 = (v/c)/√(1 - (v/c)^2)
cosh(φ) = (exp(φ) + exp(φ)) / 2 = 1/√(1 - (v/c)^2 )

と定義して導入すると、ローレンツ変換は、

x'    = x・cosh(φ) - (ct)・sinh(φ)
y'    = y
z'    = z
(ct)' = - x・sinh(φ) + (ct)・cosh(φ)

と表すことができ、つまり、ローレンツ変換は4次元時空における一種の「回転」です。



特殊相対論において、速さvで等速で運動することは、一種の回転運動であり、それが、
3次元空間における我々からには、

x'    = x・cosh(φ) - (ct)・sinh(φ)
y'    = y
z'    = z
(ct)' =  -x・sinh(φ) + (ct)・cosh(φ)

と変換されて観測される、ということです。
しかし、4次元時空全体における大きさd4は、

d4^2 = (ct)^2 - x^2 ( - y^2 - z^2 ) = 一定

なのです。

ローレンツ変換は、4次元における「回転変換」なのです。

数学は得意じゃない?

でも、要は、ローレンツ変換は力が加わって「縮む」という現象でなく、「4次元時空」
における、一種の「回転」、ということなのです。

3次元空間で物体を回転すると、それの2次元平面に投影された影が伸びたり縮んだり
見えるのですが、そのようにローレンツ変換では、3次元(空間と時間を別々にした世界
)に投影された影が、「伸縮」して見えるだけです。

しかし、3次元空間における物体の長さが一定であるように、4次元時空における物体の
長さも一定なのです。
だから、実際に「ローレンツ収縮」は起きない、というわけです。
単に、3次元の我々からは「伸縮」して観測されるだけ、というだけです。
 

Re:>運動の相対性とローレンツ収縮

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月19日(月)21時42分22秒
  karaokeguruiさん、こんにちは

>>ケース1:2台の電車が連結されずに、しかし前後を接してレール上にあるとします。
>>レール系からみて同時に加速を開始して光速に近い速度に達したとします。
>>2台はそれぞれローレンツ収縮しますから、その間には隙間が開きます。
>>ケース2:2台の電車が連結してレール上にあるとします。
>>加速して光速に近い速度に達したとしても、連結されているので隙間は開きません。
>>(2台でなくて長さが2倍の電車でも同じです。)

>>ローレンツ収縮においていかなる力が働いていないなら、ケース1と2の違いはなぜ生じ>>るとお考えでしょうか?(これは私のオリジナルではなく、ある有名な本に載っている例>>です。)

本物のアインシュタインの特殊相対論では、「ローレンツ収縮」はおきません。
したがって、ケース2が正解です。
ローレンツ変換というのは、4次元時空(3次元空間+時間)における「回転」です。
だから、電車2台全体が、地上の観測者から見かけ上、縮んでみえることはありますが、
実際には縮むわけではないし、電車に乗っている乗客にとっては、1mは、あくまでも
1mです。

だって、ローレンツ変換というのは、S(x,y,z,t)[たとえば地球]からS'(x',y',z',t')[た
とえば宇宙船]が等速vでx方向に移動(S'方向を正)した場合、SからS'をみると、

x' = (x - v・t)/√( 1 - (v/c)^2 )
y' = y
z' = z
t' = ( -(v/c)・(x/c) + t )/√( 1 - (v/c)^2 )

となる、というものです。
逆にS'[宇宙船]からS[地球]をみると、

x = ( x' + v・t' ) / √( 1 - (v/c)^2 )
y = y'
z = z'
t = ( - (v/c)・(x'/c) + t' ) / √( 1 - (v/c)^2 )

となるものです。

これは、SからS'を見たとき、あるいはS'からSを見たとき、長さや時間の尺度が(お互い
)変わることを出てきますが、S自身、あるいはS'自身が縮んでしまう、といったことは
出てきません。
(ましては、電車の一部だけが縮むということは、ありえない)

ただし、ミンコフスキーのx-ct図では、地球と宇宙船のx軸およびct軸へ、それぞれの傾き
が違ってきます(静止ではx軸に対して0度、ct軸に対して90度、光速ではx軸、ct軸両方
に対して45度です)から、「双子のパラドックス」はナンセンスです。

ローレンツやフィッツジェラルドらは、本当に「収縮する」と考えていたのですが、
アインシュタインの特殊相対論ではそうはなりません。

>>最後の行ですが、宇宙論は特殊相対論ではなく一般相対論の応用ですので、特殊相対論の例示としては不適切です。

一般相対論は、極限において特殊相対論を含んでいます。
一般相対論では、局所的に特殊相対論(ローレンツ変換、あるいは、これに平行移動を加え
たポアンカレ変換)が成立することを要請します。

最近、大手の書店に行ったら、またまた「マイケルソン・モーリー実験は間違い、したがっ
たローレンツ収縮は起きない、だから特殊相対論は間違い」という書籍が出ていました。

こういうのは、すべて特殊相対論に対する誤解です。

ローレンツやフィッツジェラルドは、マイケルソン・モーリーの実験をもとに解析を行
い、実際にローレンツ収縮が起こると考えていた。
しかし、アインシュタインは、マクスウェルの電磁場方程式をもとにしていて、ローレンツ
収縮は起こらない、ということです。
 

HPの修正

 投稿者:Stromdorf(管理人)  投稿日:2006年 6月18日(日)22時32分33秒
   「数学の基礎」の付録8と付録9を入れ替え、「完全性定理」の解説(付録8の方)を殆ど書き換えました。
 最後の方にちょっと「意味論批判」のような論評を書いて結びとしています。そこだけ引用しておきましょう:
-------------------------------------------------------------------------------
 さて、本節の最後に紹介した「古典論理に対する整合的な2値モデルの存在定理」とその系である「Gödelの完全性定理」は、メタ言語での推論に排中律を使う必要があるだけでなく、その証明もかなり“人工的”です。
 しかも、古典論理の代数的な特徴付けはBoole代数であるというところにあるにもかかわらず、その特別な例に過ぎない2値モデルにこだわるべき論理的必然性も特にあるようには思われません。
 歴史的には、「真か偽かが定まっているものを命題という」という“命題”の素朴な“定義”から始まって、構文論よりも前に真偽の概念から論理を捉え、「恒真な命題の全体が証明可能な命題の全体に一致する」ように形式体系の推論規則が定められていったいきさつを考えれば、「Hilbertの体系で証明可能な命題の全体は恒真な命題の全体に一致する」ことを主張する「Gödelの完全性定理」は、Hilbertの推論体系の「妥当性」を保証する重要なメタ定理だと思われてきたのは止むをえないことであると思われます。
 しかしながら、その後登場したGentzenによる推論体系を眺めれば、論理式の真の“意味”は、むしろ構文論の方で定められているという見方の方が自然であり(本稿付録1参照)、これを敢えて「意味論」によって「正当化」する意義は失われたと言っても過言ではないと思われます。
 それよりも、「2値モデル」にこだわった真の理由は、「推論規則や公理系をうまく定めれば、閉命題はすべて決定可能になるだろう」という期待によるものと思われますが、この期待は「Gödelの不完全性定理」によって破られてしまい、古典論理でさえも、自然数論より強い理論であれば、(A8-8) 以下の議論で構成したモデル B は、閉命題だけを考えた場合でも、その値が 0 と 1 の間に無限個の値を取ることが明らかになってしまったのですから、最早「2値モデル」にこだわる「Gödelの完全性定理」の「論理学の基礎付け」としての価値は失われたと考えるべきでしょう。むしろこのメタ定理は、超準解析の数学的根拠付けに用いられるなど、数学内部における定理としての重要性の方が注目すべきであると思われるのです。

http://home.p07.itscom.net/strmdrf/basic_a8.htm

 

>運動の相対性とローレンツ収縮

 投稿者:karaokegurui  投稿日:2006年 6月18日(日)18時33分48秒
  通りすがりさん、こんばんは〜
若干疑問があります。

>しかし、(良く誤解されているのだが)本物のアインシュタインの特殊相対論では、「物体
の長さが縮んだり、時間が遅れたり」という現象は起きないのです。
>ただ、お互いの観測者から、相手の観測者の長さや時間が異なって観測されるだけ、という
ことです。

ケース1:2台の電車が連結されずに、しかし前後を接してレール上にあるとします。
レール系からみて同時に加速を開始して光速に近い速度に達したとします。
2台はそれぞれローレンツ収縮しますから、その間には隙間が開きます。
ケース2:2台の電車が連結してレール上にあるとします。
加速して光速に近い速度に達したとしても、連結されているので隙間は開きません。
(2台でなくて長さが2倍の電車でも同じです。)

ローレンツ収縮においていかなる力が働いていないなら、ケース1と2の違いはなぜ生じるとお考えでしょうか?(これは私のオリジナルではなく、ある有名な本に載っている例です。)

もう一点
>実際には、現代の天文学・宇宙観測により、地球から遠く離れた銀河が、光速に近い速さで
遠ざかっている、といいます。・・・
これが、本物のアインシュタインの特殊相対論による結論なのです。

最後の行ですが、宇宙論は特殊相対論ではなく一般相対論の応用ですので、特殊相対論の例示としては不適切です。
 

数理生態学

 投稿者:なんで  投稿日:2006年 6月16日(金)14時51分29秒
  次の定理の証明を何回読んでも意味不明で理解できません。

定理 Eは(t、u)の空間R^n+1の開集合とし、fはそこで連続とする。u(t)はある
   区間[t0,a0]でdu/dt=f(t、u)の解(つまりu(t)=u0+∫[t0,t]f(s,u(s))ds)であるとすると、u(t)は(t、u(t))がEの境界に達するまで延長できる。


証明 E1、E2、・・、En、・・をEの部分開集合とし

   ∪[n]En=E、[En]⊂En+1([En]はEnの閉包)とする。

   ここで系(Eは(t、u)のつくるR^n+1での開集合、E0はそれに含まれる有界閉   集合とする。fをE上で連続とするとき、|f(t、u)|≦M((t、u)∈E)が成
   立すれば、E、E0、Mに依存するα=α(E、E0、M)が存在して、(t0、u0)∈E0
   のとき、du/dt=f(u、t)の解が[t0,t0+α]で存在する。)によって、εn>0
   存在して、(t0、u0)∈[En]ならば解はt0≦t≦t0+εnまで存在する。

   そこでn1を十分大きくとって、(a0、u(a0))∈[En1]とする。u(t)は系に
   よって、[a0,a0+εn1]まで延長できる。そのとき再び(a0+εn1、u(a0+εn1)∈[En1]であればさらに[a0+εn1,a0+2εn1]まで延長できる。
   このようなことを繰り返して、u(t)の延長はt0≦t≦a1、a1=a0+N1εn1、N1≧1までゆく。そしてそこでは

    (a1、u(a1)∈×[En1]

ここまでが証明の一部なんですけどさっぱりわかりません
 

Re:何がゲージを動かすのか(3)

 投稿者:通りすがり  投稿日:2006年 6月14日(水)06時55分47秒
  >>「大域ゲージ変換」というのは、全宇宙において起きるのでしょうかね

一般相対論における座標変換は、
大域的 ・・・ 一般座標変換(リーマン時空)
局所的 ・・・ ポアンカレ変換(ローレンツ変換に4次元時空における平行移動を付加し
た変換)
です。

一方、ゲージ理論では、
大域的 ・・・ ポアンカレ変換(つまり、ミンコフスキー時空)
局所的 ・・・ ゲージ変換
です。

リーマン時空における一般座標変換は、アインシュタインの重力場方程式を解いて求められ
る計量テンソルgijを用いて、
xi' = xi・gij
という形で変換されるものです。
一方、ポアンカレ変換は、ローレンツ変換のテンソルをΛ、4次元時空における定数ベクト
ルをaとすれば、
xi' = xi・Λ + a
となります。

さらに、ゲージ変換は、電磁ポテンシャル(あるいは、ゲージ・ポテンシャル)をA、
任意の4元スカラーをωとすれば、
A' = A + ∂ω/∂xi
です。

ゲージ理論で扱っているのは、(ポアンカレ不変が成り立つ)ミンコフスキー時空における
素粒子の内部空間における相互作用(電磁力、弱い力、強い力)で、それがゲージ変換で
表され、それにより変わらない、ということを述べているのが、「ゲージ原理」です。

そのミンコフスキー時空は、一般相対論のリーマン時空における局所的時空、ということに
なります。
一般相対性原理は、大域的に一般座標変換に対して、局所的にポアンカレ変換に対して、
物理法則の形が変わらないことを要請しています。
 

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